人間は手をつなぐ生き物だ。
子供の頃は両親に手を引かれ、運動会のフォークダンスでは好きなあの子の手を初めて握ってドキドキ。
大人になってからも、好きな人と手をつないでいると幸せになる。つないだ手には不思議な力がある。

TAMRON SPAF90mm F2.8 MACRO (172E)
草むらで種を飛ばし終えたゲンノショウコが手をつないで踊っているように見えた。そう見えるだけでもやはり幸せな気分になってしまう。本当に不思議な力だ。
人間は手をつなぐ生き物だ。
子供の頃は両親に手を引かれ、運動会のフォークダンスでは好きなあの子の手を初めて握ってドキドキ。
大人になってからも、好きな人と手をつないでいると幸せになる。つないだ手には不思議な力がある。

草むらで種を飛ばし終えたゲンノショウコが手をつないで踊っているように見えた。そう見えるだけでもやはり幸せな気分になってしまう。本当に不思議な力だ。
先日紅葉しているのをUPしたカラスノゴマだが、そろそろ実の方も成熟しはじめたようだ。
さっそく種をチェックしてみよう

既にサヤが乾燥して割れ目が出来ている。これならば中の種子も充分成熟しているだろうと思われる。
さて、このサヤはゴマには似ていない。ということは種子がゴマに似ているのだろうと推測したわけだが、そのゴマ度はどのくらいだろう?
期待しながらサヤを割ってみると・・・。

茶色っぽい色の種が出てきた。卵のパックのように一つずつ嵌まり込んでいる様は小さいながらなかなかの細工だ。
なるほど・・・確かに大きさも形もゴマっぽいといえばそうだが、ゴマよりは少し複雑な形状をしているようだ。表面には細かいシワシワが刻まれている。
これのゴマ度はどれくらいだろう。私的には80点くらい・・・かな?
鹿児島市都市農業センターのコスモスはまだまだ美しい。
開き始めたつぼみが先に咲いた花たちの祝福を受けているようだ。

祝福なんていうとちょっとキリスト教っぽいが、正しい意味なんて知らないで使っている。なんて言うか祝福みたいな感じぃ?って程度なんだがそう書いてしまうと身も蓋もないな(笑)
鹿児島市の都市農業センターのコスモスがほぼ満開になっている。この週末は多くの見物客で賑わう事になるだろう。

朝の光を浴びた花たちがやけに生き生きと、そして嬉しそうに見えた。
やはりコスモスはお日様大好きなんだな。わかり易いやつだ(笑)
久しぶりに通ってみた林道沿いの草むらで草紅葉を見つけた。

林道沿い10mほどの間に茂っているのだが何故か紅葉しているのは一部だけ。日当たりの良し悪しが関係しているのかも知れない。どの株も花はすっかり終わっていて小さな唐辛子みたいな実がついていた。
うーむ、これは何の仲間だろう?似た実を思い出せない。せめて花が残っていればなぁ。ここのところヒガンバナだコスモスだと言ってこの辺りは通らなかったのが悔やまれる。
部屋に戻って調べて見ると、どうやらカラスノゴマのようだ。あ~、しまった~!
実はカラスノゴマは3年程前に見かけて以来、とんと見つけられないで探していたのだ。こんなところで咲いていたとは・・・。来年もここで咲いてくれることを願うばかりだ。
以前見かけたのは田んぼの畦で、種が出来る前に刈られてしまった。今回の場所はほとんど草刈とかされない場所なのでじっくりと観察できそうだ。
ところで実をカラスの食べるゴマに見立ててカラスノゴマと言うらしいが、この実の形はゴマというよりは唐辛子とかオクラに似ている。ということは中の種子がゴマに似ているのだろうか?この実が充分成熟したら中の種を見てみたいと思う。
蛇足だが、カラスノゴマと言うつもりでカラスノマゴと言ってしまったりタイプしてしまったりということがよくある。このエントリーを書くのに参照したネット上の文章にも同じタイプミスを見つけて、自分だけじゃないんだと少し安堵した(笑)
これって多分、キツネノマゴの影響だと思うのだがどうだろう?でもキツネノマゴをキツネノゴマと打ち間違う事はまずないのが不思議・・・・あ、でも今キツネノゴマが一発でカタカナに変換されたって事は前科アリってことだな(笑)
このところ好天が続いている。それはもう雲らしい雲も見当たらず、時々薄い雲が見られるぐらいで光線状態はギンギンだ。ヒガンバナの咲く時期にこういう空になってくれると嬉しかったのだが、ここ何年かの記憶によれば鹿児島ではヒガンバナが終わる頃にならないと本格的な秋空にはならないようだ。

ススキの穂が爽やかな秋風に揺れる。稲刈りの終わった田んぼからは稲藁を焼く煙の臭い、民家のある辺りではキンモクセイの香りが漂う。こういう空気を吸っていると実に気持ちよく、幸福感でいっぱいになってしまう。一瞬で過ぎ去ってしまう季節の贈り物である。
以前、花を撮った時には出来なかったゴキヅルの実の蓋を外してみた。
既に成熟した実はツルにぶら下がったまま蓋が外れて・・・というか蓋だけがツルにぶら下がっている。
まだ割れていない成熟した実を見つけて・・・・

既に蓋のところには切れ目が出来ている。
蓋を外して見ると、

中には茶色の種が入っていた。内側はスポンジのような質感で柔らかく種を包んでいた。
じつは、蓋を外すと同時に種がこぼれ落ちてきて元々どっち向きに入っていたのか判らなくなったのだが、多分こっち向きで入っていたはずという形に復元して撮っている。

種は二つ入っていた。何個か蓋を外してみたのだが種は一つのものもあり、必ずしも2つ入っている訳ではないようだ。
こういう風に蓋が外れて種が出てくるものを蓋果(がいか)というそうだ。特にこのゴキヅルはこんなにご丁寧な作りの実なのに種はただ下に落ちるだけという単純さなのが何となく腑に落ちない。
まあ、種子が複数入っていれば実ごと落ちるよりは種子が拡散する可能性が高いということなのかな?
気がつけばこの一週間、まともに自宅で寝ていない。ブログも滞り気味だったのだが今日は久しぶりに自分のベッドで寝れそうだ。
で、気がつけばいつの間にやらコスモスがあちこちで盛んに咲く季節になっていた。鹿児島の都市農業センターのコスモスは今年も遅い植付けを選択したようでまだまだチラホラしか咲いていないようだが、出水の上場高原では満開状態だし生駒高原でも満開らしい。
とりあえず今年初撮りのコスモスをば。


この前の台風で倒れた株と倒れなかった株が入り混じり、高く低く花が咲いていて、これはこれで面白い上場高原のコスモス園にて。
噴水が立てる波紋の中、白と赤のニチニチソウの花が寄り添って漂っていた。

風に吹かれて行ったり来たり。どこかに漂着する気配も無く、ただ漂っている。
せめてその手を離すなよ。
10月になると流石に朝晩はひんやりとするようになってきた鹿児島。草むらではヨメナが盛んに花を開き始めた。
先にに咲いたうす紫の花の中で、目覚めたばかりの開き始めの花が色づいている。

開く前のほうが紫色が強く出ていて魅力的だ。今年もクロウリハムシが盛んに花びらを食べているので、開いてしまえば程なくして虫食いにされてしまうかもしれない。それにしても、この花びらってそんなに美味しいのだろうか?
夕焼けを背景にヒガンバナを撮りたいと思っていたのだが、我が家の周辺でヒガンバナが咲いているところと言えば大体が山に囲まれた棚田のまわりで、夕焼けで赤く染まる雲は山の陰になってしまう。ごく稀に天頂の雲まで茜に染まる夕焼けというのも無いこともないのだが、滅多にお目にかかれない。
そんなわけでどこか地平線近くまで見渡せる場所に咲いていないかと探して何とか見つけたのだが、肝心の夕焼けが今一つパッとしない。低い雲が多いのだ。そうこうしているうちにそこのヒガンバナはしおれ始めてしまった。
今日はそこそこの夕焼けだった。夕日が沈んだ後、一旦は色褪せかけた空が再び染まる。色褪せてしまったヒガンバナもシルエットとなれば逆に味があっていい。もちろん口ずさむのはこの曲。
おんぼろろ~おんぼろぼろろ~♪