オドリコソウが咲き始めてだいぶ経つのだがなかなか撮る機会がなかった。毎年同じ場所に決まって咲くのだが、これが案外どこにでもあるというわけでもないのだ。あるところには沢山咲いているのに拡がっていかないのは何故なのか?特別環境にうるさいわけでもないようなのでちょっと不思議。

EF100mm F2.8 MACRO USM
段々に花をつけながら上へ上へと伸びていくが、つぼみが開くころには既に上の段の葉が展開してしまっている。きれいな花なんだがどこか控えめな感じがするのはそのせいだろう。
オドリコソウが咲き始めてだいぶ経つのだがなかなか撮る機会がなかった。毎年同じ場所に決まって咲くのだが、これが案外どこにでもあるというわけでもないのだ。あるところには沢山咲いているのに拡がっていかないのは何故なのか?特別環境にうるさいわけでもないようなのでちょっと不思議。

段々に花をつけながら上へ上へと伸びていくが、つぼみが開くころには既に上の段の葉が展開してしまっている。きれいな花なんだがどこか控えめな感じがするのはそのせいだろう。
今年の春は梅の咲くまでは随分と遅かったが山桜以降むしろ急速に加速してソメイヨシノは随分と早かった。そんな訳でいつもの年より早めに咲くんじゃないかと先週訪れてみたカタクリの群生地ではまだ若葉の展開も始まっておらず、カタクリの開花もまばらであった。
先日、再度訪れてみたのだが、一週間経ってもあまり状況は進んでいなかった。なんでもこの一週間の間に寒気がやってきて気温も氷点下まで下がったらしい。下界と違って山の上では今年は遅い春ということになったようだ。

カタクリの話を振っておいてなんでマムシグサなんだよ!と自分でも思うが(笑)
てっぺんにだけ木漏れ日を浴びて妖しく光る姿が印象的だった。
落葉樹林の雪が融け、木々の葉が茂って林床へ光が届かなくなるまでの短い期間だけ地上に姿を見せるカタクリ。こういった早春期植物をスプリングエフェメラル(spring ephemeral)と呼ぶそうだ。直訳すると春の儚いいのちか。もっとも儚いいのちと言っても根は生きているのだが。
まだ虫も少ないこの時期、短い期間に花を咲かせ結実するためにひときわ華やかな花を咲かせて虫を誘うと言われている。日陰に適応するのではなく、この一瞬にすべてを賭けるという選択をしたからこその美しさなのかも知れない。

まだちょっと時期が早かったため数は少なかったがラッキーな事に登山道のすぐ傍に3輪かたまって咲いていた。たくさん咲いていても近くに咲いていないこともあるのでこればっかりは運次第。
しかし、この日も群生地に踏み込んだ足跡が見られた。こういうのは大抵奥のほうに見えるきれいな花を撮りたいというカメラマンども(それが一眼レフであろうがカメラつき携帯であろうが)の仕業なのだが・・・。
カタクリは発芽してから花が咲くまでに7、8年かかるそうだ。つまり花が見えなくても地面の下にはカタクリが息づいているかも知れない。だから、お願いだから保護のために張ってあるロープを乗り越えて踏み荒らさないで欲しい。
近所の山の頂上へと登っていく石段のすぐそば、枯葉や枯れ枝の堆積した薄暗い林内に真っ白な姿のギンリョウソウが顔を出し始めた。

この花は腐生植物といって全体に透き通るような白い草体は葉緑体を持たず、菌類の力を借りて枯葉や枯木などから養分を得ているそうだ。
薄暗い林の中で木漏れ日に浮かび上がる真っ白なギンリョウソウの姿はちょっと妖しい雰囲気を放っている。この独特の存在感が好きで毎年楽しみにしているのだ。
田んぼの中ではレンゲが花盛りだが、畦には黄色のオオジシバリが目立つようになってきた。レンゲのピンクを背景に黄色の花を撮ろうと思ったのだが案外と上手くフレームに収まらないものだ。上から見ていたときはわからなかったが、下に降りて見るとレンゲの背丈が結構高くて花よりも葉っぱの緑が背景になってしまうのだ。

ところでお気づきのことと思うが、右サイドバーにサムネイルが表示されている。
今までブログにアップした画像をまとめてフォトアルバムのページを造りたかったのだが、MTのプラグインを入れてとかHTMLを書いてとかが面倒だなぁと手をつけていなかったのだ。
ひちゃこさんのサイトではflickrという超有名なサービスを利用していて、これって面白そうだとは思っていたのだが如何せん全てが英語表記な上に外人さんから英語でコメントがついたりしているものだからビビッて手を出せなかった(笑)
他に何か気軽に使えて良さそうなのはないかな・・・と探していたところ「フォト蔵」という写真共有、フォトアルバムのサイトを見つけて試しに使ってみる事にしたのだ。
そこにUPした画像には閲覧者からコメントが付けられたりといったコミュニティ機能とサムネイルをブログに貼り付けられると言うのが秀逸だ。ただ登録メンバーじゃないとコメントをつけられないといった制限があってややクローズドなコミュニティなのが・・・。
実のところまだ使い方がイマイチわかっていない。フォト蔵全体の最新写真がリアルタイムで表示されるのだが、いつ見てもバスの写真が大量にUPされ続けている。なんなんだろう?この人は。私がUPした画像も一瞬のうちにバスの画像に押し流されてしまったのだが(笑)それでもちゃんと見つけてコメントをしてくださった方がおられて更にビックリ。一体どうやって見つけてくれたのだろう?謎だ・・・。
北海道に住んでいた頃、春になると(といっても5月頃だったかと思うが)道路の両側のタンポポがすごい勢いで花を咲かせるのに驚いたものだ。
道東の春~夏はとても短い。そこに乗り遅れまいと必死に花を咲かせていたんだろう。
鹿児島のタンポポはと言うと、1月の終わりごろからポツポツ咲き始めて今もまだ咲いている。一斉に咲くのではなく散発的に咲くからなのか、どうも印象が薄いのだ。
自宅からさほど遠くないところに、シロバナタンポポが良く咲く一角がある。あちらこちらに点在して、それぞれの場所でポツポツ咲くものだからやっぱりあまり目立たない。一ヶ所に固まって咲かないのは種がよく風に乗って遠くまで飛ぶからだろうか?あぁ、そうか。この一角にシロバナタンポポがやってきたのはそう古い話ではないのかも知れない。

ところで、私がマクロを撮ろうとすると風が吹く。
いや多分、それまでも風は吹いていたのだろうがマクロ撮影のファインダーの中ではちょっとの風でも被写体が大きく揺れるからそう感じるのだと思っていたのだが・・・。
この写真を撮った直後、風が止まないので少し目を離していたらいつの間にか種が半分飛んでいってしまっていた。ありゃりゃ、もう少し撮りたかったのにな。ってか飛んでいくところを見たかった。
うーん、やっぱり私が撮ろうとすると風が強くなるのか?(笑)
一方、逆に桜吹雪を撮ろうと待ち構えていると待っている間は強い風が吹かないで、あきらめてカメラを仕舞った途端に風がビュウと吹いて花吹雪~ということも何回かあった。もしかして私の中の何かのサイクルが自然界のサイクルと同調してるんじゃないだろうか?いや、マジで(笑)
ということは、そのシンクロしたリズムの裏を打てばジャストミートの嵐なんだけどな~。
山道の脇、湿っぽい林縁で鎌首をもたげるマムシグサ。
はじめてコイツを見たのは10歳の頃だったか、父方の祖父母の金婚式ということで家族揃って高千穂へ里帰りした時だった。
父としては、家族揃って自分たちの生まれ故郷に来ることは恐らくもう無いだろうとの思いからか、少年時代の思い出の場所へと連れて行ってくれたのだ。
そんな場所の一つ、深い谷間を降りていった先にある川原へと歩いている時に見つけてギョッとしたのがこのマムシグサだったのだ。

鎌首をもたげたヘビのような、あるいは食虫植物を連想させるような形とシマシマストライプの仏炎苞、茎(偽茎)の怪しげな模様。薄暗いジメジメした場所に生えていて、しかも名前がマムシグサときたもんだから10歳の子供にとってはかなりのインパクトだったに違いない。
今住んでいる土地では普通に生えていてすっかり見慣れてしまったマムシグサだが、今でも鮮明にそのときのことを思い出すことが出来る。しかし・・・父が本当に見せたかった川の様子はあんまり覚えていないというのはどうしたものか(笑)
ソメイヨシノもすっかり散ってしまって花見客もさすがに絶えた我がホームグラウンド。またいつも通りの静寂が戻って来た。
そんな静かな公園では八重咲きのサトザクラが満開を迎えている。まあ、植えられている本数も少ないからワザワザこれを目当てにお花見に来る人もいないようだ。しかも植えられている場所が便所のまわりだったりするのもマイナスポイント(笑)
せっかくきれいに咲いたのに・・・不憫な奴よとレンズを向ける。

こういった八重咲きの花の花びらはオシベが変化したものらしい。ヤブカンゾウなんかでもそうなのだが時々オシベなんだか花弁なんだか、葉っぱなんだかよくわからない形のものが混ざっている。この花もオシベの花糸の部分が平べったい緑色になっているようだが・・・ここはどこ?私は誰?と言っているのかもしれない。
いやいや、あんたはそれでいいんだよ。たまにはそんなヤツもいなけりゃつまらないよ。

この花はオニタビラコ。
「オニ」というのは大型であるという意味で、タビラコはコオニタビラコの別名であるというのは図鑑に良く載っている説明だ。そしてコオニタビラコはオニタビラコの小型という意味である。
いつも思っているのだが・・・これって変だ。ループしてんじゃん。
もう頭の中ではオニコオニコオニコオニコオニ・・・・と無限ループに陥ってしまって~、なんていう事は無い。人間の脳みそは便利に出来てるな(笑)
そう言えば植物の和名って誰が決めてるんだろう?研究者が各自てんでバラバラにつけてるのだろうか?それとも一般に通った名前がそのまま使われてるのか?
まったくもって目まぐるしく空模様が変わる。
午前中は晴れていても午後から曇ったり雨が降ったりという落ち着かない天気が続いている。冷たい空気と暖かい空気が日本付近を舞台にせめぎあっているのだろう。こういう時期の週間天気予報なんていうのはもう絶望的に当たらない。いつ見ても明後日以降は「曇り/晴れ」なんて書いてあるような気がするのだが・・・はっきり「わからん」と書いたらどうなんだ?
花見客もさすがにまばらになってきた地元の公園だが、駐車場の周りに植えられているドウダンツツジが咲き出した。ていうか、こんなところにドウダンツツジなんてあったっけ?

おそらく毎年桜の花が終わると、それまで桜ばかり撮っていた反動から別の場所に行きたくなるという理由でこの場所のドウダンツツジに気付いていなかったのかも知れない。地元にもまだまだ見えていないものが沢山あるようだ。
どんよりと曇ってしまった空の下、小さな白い花を撮って見る。オシベはすぼまった花冠の中に隠れてまったく見えない。こんな風に間口を狭くするメリットって何なのだろう?
雨が降ったり晴れたり、半日ごとに目まぐるしく天気が変わる。初夏の空気がほんのそこまで来ているようで、昨日の雨はもう夏の雨のようだった。
山はたっぷり水を含んだようで、あちこちから水が流れ出している。そんな山道を行くと、日当たりの良いところではマルバウツギの白い花が咲き始めていた。

そよ風にマルバウツギが揺れる様は、もう初夏の風情。ほとんど車の通らない道端に車を停めて爽やかな撮影を楽しんでいたのだが・・・ふと気付くと対向車がちょっと手前で停まっている。ドライバーは女性のようだ。
ん?充分にすれ違える幅はあると思うのだが来ない・・・何しているんだろう?脇に落ちていた木の枝を取り除いてあげたらやっと動き始めた。
なんとか通り抜けたドライバーが窓を開けて、一言。「(車を)動かした方がいいですよ!」と言って走り去った。
言い方は控えめだったが、目は完全に切れていた・・・・。
あぅ・・・いや充分な幅があると思ったんですが・・・怖かったんですね。御免なさい。思いやりが足りませんでした。正直に言うと、あぁ、自信が無いんだなと判ったのだが、通れない事は無いんだからさっさと行ってくれよなどとちょっと傲慢なことを考えてしまいました。
でもさあ、お互いに走っている時にすれ違っていたらこのドライバーは間違いなく停まって待つタイプだよなあ。自分は通り抜けるのが怖い幅を相手に強要して平然としているタイプ。逆を強要されたからって怒っちゃダメなんじゃないの?
でも今日のことは自分が悪いんだろうな。せめてもの救いは文句を言われた時に言い返さなかった事くらいか。でも相手が男だったら言い返していたかもしれない。不毛だ。
どうした事だろう、もう桜は終わりなどと思いつつもついレンズを向けてしまうのは桜だったりする。もちろん地元、観音ケ池の桜も大部分が葉を展開し始めた。しかし何かいつもの年と違うような気がしている。
例年、葉桜になるとあまり撮らなくなるのだが・・・今年の葉桜は妙にきれいに見える。むしろ花だけの状態より生命感があっていきいきしているように感じるのだ。

実際に去年よりきれいなのか、それとも心境の変化がそうさせているのか?
うーん、心境の変化って・・・どんな変化だ?!思い当たるフシはないのだが。
あ・・・
単に年をとっただけなのかも知れない(笑)